最近なんだか退屈?人生って結局暇つぶしなの??

はじめまして!記念すべき一冊目の紹介でございます。

突然ですが、みなさん『』ですか?

「暇じゃねーよ、この野郎!」

という方もいらっしゃるでしょう。

では、『退屈』ですか?と訊くとどうでしょう?

「退屈じゃねーよ、この野郎!」

と即答できる人は少ないのではないでしょうか?

『暇』と『退屈』とは?

『退屈』という概念は案外に複雑です。『暇』は単に何もすることがない状態のことですが、『退屈』は私たちの中に沸き上がってくる思いであり、どこへでもぬるりと侵入してきます。

『暇』なときはもちろん仕事をしている時でも、あまつさえ暇つぶししている時でさえ、ふと「なんだか退屈だなあ」と感じた経験が誰しもあるのでは?

そんなとき、幸であれ不幸であれ何かしらの事件を求めてしまう自分がどこかにいるのでは?

人間社会は自由や幸せのために『暇』な時間を作り出そうとしてきました。今は今でまだまだ問題も多いかと思いますが、長い目で見れば労働条件は改善されてきているはずです。

しかしその結果、上述したように『暇』や『退屈』を持て余している。それどころか、『仕事は自己表現だ』『人生は充実していなければならない』といった価値観が半ば強迫的になり、現実とのギャップに苦しむ人もいます。不確かなものを追うあまり、いつまでたっても満足ができず、消費社会に欲望をコントロールされ続ける人もいます。

僕たちはもっと、『暇』や『退屈』との良いつき合い方を考えるべきじゃないか。ていうか『暇』とか『退屈』ってそもそも何なんだ。

本日紹介する『暇と退屈の倫理学』ではこれらの問いに答えるべく、哲学・文化人類学・経済学・生物学など多様な視点から『暇』と『退屈』を考察しています。

読みやすさ

多様な視点から考察していますが、章毎にトピックがしっかり絞られていているので混乱するようなことはなかったです。

文章も平易な方で、具体例も多いのでかなり読みやすかったです。論理も明快です。

まとめもついていて、今後の社会や生き方への建設的な提言もありました。いろんな人にオススメしたいです。

本文350ページ程ですが、4時間ほどで読めました。

個人的に面白かったこと

ハイデガーの退屈の第二形式(暇つぶしの中の退屈)は普段の生活でかなり感じていたことだったので、言語化されてかなりすっきりしました。

何かに熱中し続けることは人間にとって難しいことです。イエス・キリストが性欲を持たなかったのは使命感に燃え、常時一種の覚醒状態にあったからだという説があります。

僕は多分イエスにはなれません。性欲だってあるし。

今後に悩んでいることもあり、退屈なときには何かに打ち込んで生きている人(芸術面で活躍する人とか)に憧れてしまうことがよくあります。でも多分そんな人たちもその世界だけで完結している人は少ないのかなと思います。

充実した生という概念にそこまで囚われているわけではないと思います。ただやっぱり仕事だけして、あとは仕事の疲れを癒すだけって状態は避けたいです。

とはいえ時間を持ったとして、何であれ楽しむことは難しい!最近はスマホゲームなんて射幸心ビジネスだなんて言われてますが、その一面は否定できないのではないでしょうか?

なんか面白いことや楽しいことをしたい。あれ、結局充実した生に囚われてるのか(笑)。

結局、創造とか表現への欲求に行き着く気もします。これって人類普遍のものなのかな??

まだ欧化がすすんでない少数民族とかって『退屈』とどう折り合ってるんやろ?マサイとか。

あと人類の叡智を結集して、なんかうまいこと生活保障システム作れないのかな~(笑)。できそうな気もするんだけどな~。

合わせて読みたい!

大雑把な流れ

『暇』『退屈』と哲学

『退屈』は哲学において重要なテーマです。どのように扱われてきたのか?

「現代人は自分で自分が何をしたいかわからなくなっている」「本当の自分とは何か」など今日のポピュラーでチープな問題も突き詰めれば、「充実した人生を送りたい」という思いから始まっています。そしてその背後には『退屈』があるのではないでしょうか?

パスカルは言います。

人間の不幸などというものは、どれも人間が部屋にじっとしていられないがために起こる。部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。そのためにわざわざ自分で不幸を招いている。

『暇』『退屈』の起源

『退屈』は狩猟採集社会から定住社会へ移行したときに生まれた?

暇つぶしにおいて我々が欲しているのは脳への適度な負荷であり、それは定住社会になって狩猟採集時代より脳を使うことが少なくなった結果ではないか?

そんな脳への負荷の欲望が様々な分野での爆発的進歩を生み、現代ができあがっていると考えると何とも感慨深いです。

『暇』『退屈』と経済

生産効率上昇のため『暇』も労働に組み込んだり、様々な暇つぶし産業が生まれたり。『暇』を持て余した消費者達の消費方法に合わせようとすると、正社員雇用が難しくなったりと『暇』と経済は切り離せない!

消費と浪費

消費と浪費の違いは何か?消費には満足がない。自分の求めることが分かっていないからである。

ハイデガーの『退屈』論

根源的な『退屈』・暇つぶしのなかでの『退屈』。とにかく秀逸なハイデガーの退屈論!

『退屈』と環世界

我々は退屈できるから自由なのか?自由だから退屈なのか?

⇓増補新版出てます!

お読みいただきありがとうございました!
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