「ああすれば、こうなる」がイマイチ楽しめない人へ

こんにちは!

改めて、よく考えてみるとやっぱり人間ってとんでもないですよね?

だって、地下深くから空高く建物は立てるし、海底深くへ潜ったかと思えば宇宙まで飛んで行っちゃう。原子レベルの操作で自然にはない色々なものも作っちゃう。情報はインターネットを通じて世界中へ一瞬で伝えられます。様々な工業製品は世界のどこかで大量に生産されて、とんでもない低価格で手に入り、スマホなんていう小型高性能パソコンを皆当たり前のように持ち歩いています。医療は進歩して、新生児の死亡率低下や平均寿命の増加は著しいです。

しかし一方で、格差など社会問題はいつもありますし、戦争したりもしています。また、内面は案外脆く、人間関係や自己の在り方に悩んで精神的に病んでしまうことも少なくありません。

こんな複雑極まりない営みを生み出す人間とはなんなのでしょうか

現実の具体的な問題をそれぞれ考えるのも大切ですが、時には根本的な部分に立ち返ってみるのも大事なんじゃないでしょうか?そうしたら今抱えている問題が全然違って見えてくるかもしれません。

今回紹介する『人間科学』では、変わることのない『情報』と変わり続ける『システム』という視点から人間の営みを鮮やかに紐解いていきます。著者は『バカの壁』で有名な養老孟司先生です。

 

『情報』は変化する?

『情報』と聞くと、ニュースや新聞記事などの中身を思い浮かべるかもしれませんが、それは『情報』ではなく『状況』です。先生のいう『情報』とは『それ自体では意味を持たず、あるシステムの中で翻訳され意味を持ち、システム同士の間を流通しているもの』です。

少し抽象的で分かりづらいので、身近な例をあげます。『言葉』です。

たとえば「りんご」という『言葉』はそれ自体に意味はないですが、ぼくたちは「りんご」と聞くとあの赤い果物を思い浮かべるでしょう。また相手にあの赤い果物のことを伝えるときに「りんご」と言います。

もしこのとき「りんご」が「りんこ」になってしまってはその役割を全く果たせません。つまり『情報』は不変、というより不変なものが『情報』なのです。

意識の厄介な作用

不変な『情報』に対して、それを扱う私たちはどうでしょう?

はやい話が、この本を読む前の僕と読んだ後の僕は間違いなく変化しています。これは読書に限らず、日々の体験の中で実感される当然のことですよね?僕たちは変化するのです。

しかしながら、どうかすると不変のものであると勘違いしてしまうことがあります。

先ほどの読書の例だと、自分はこの本を読むことでこの本の考え方という武器を手に入れた、というようなイメージです。もちろん武器を得ることも立派な変化かもしれません。ですが、武器を得ることが目的となって、まるで武器商人のようになってしまったり、役に立つ武器だけを求めてしまったりするかもしれません。武器のいらない世の中になると立ち尽くしてしまうかもしれません。

なぜ自分は不変であると勘違いしてしまうのか?

ここでは詳しくは説明しませんが、実はそう勘違いすることこそが脳の役割の一つなのです。キーワードは「異なる感覚入力の統合」です。

意識の行き着く先、脳化社会

都市の在り様は意識の行き着く先を考える参考になります。実際の都市を思い浮かべてみると、自然物が徹底的に排除されていることに気が付きます。(人工の自然はある)

そう、都市の人々が求めるのは物事の予測と統御です。つまり「ああすれば、こうなる

突き詰めると思考の放棄です。これが先生の言う脳化社会です。

脳化社会を超えて(感想)

個性」という言葉があります。就活も近い身としては嫌でも意識せざるを得ないのですが、現在の「個性」が意味するのは要するに「社会やその会社に貢献できる具体的な力」だと思います。だから「個性」を「身に着ける」ために(おかしな表現ですが)、インターンや留学などの経験や資格なんかの武器を手に入れるんじゃないでしょうか?

もちろんそうした行動をしっかり自分の糧としていく人もいると思います。その違いは自分を固定してしまうか、経験を通して自分が変わっていくことを楽しむかの違いではないでしょうか?多分自然に楽しんでいる部分もあると思うので、意識的になることでもっと前向きになれると思います。逆に言えば、経験は別に社会的に武器となるようなことでなくてもいいはずです。

「ああすれば、こうなる」って確かに安心ですけど、どこか疲れてしまう部分がありませんか?期待外れだとすごく損した気分になるし、「こうなら」ないと損だと考えてしまってつまらなくなってしまったりします。

先生は固定した自己を基準にできた脳化社会の先の世界の基準になるのは「人間であること」ではないかと言っています。

「ああすれば、こうなる」に拘らない。不安もあるかもしれないけど、楽しみもある。

読みやすさ

230ページほどで11章からなります。一見ややこしそうに見える言い回しもありますが、分かればなるほどなという感じです。所々解説が入ります。各章毎に読むと、気軽に読めるかもしれません。

3時間弱で読むことができました。まとめ

一番身近で一番不可解な『人間』から話が展開する養老先生の著作はいつも面白くて興味深いです。ある程度ボリュームはありますが、その分論理や背景知識が丁寧です。ちょっと脳化社会に疲れた人はぜひ!

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お読みいただきありがとうございました!
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