青春には終わりがなければならない

こんにちは!

青春してますか?青春しましたか?それとも青春はこれからですか?

青春とは何か言い切るのは非常に難しいですが、「是々をしたから青春だ」とかいうものでなく、至極個人的なものではないでしょうか。

私自身は恥ずかしながら青春を悟るにはまだ少し早いかなというところです。

私のことはさておき、巷にはキラキラした青春風味が溢れていますが、実際の青春はそうキラキラしたものばかりではないでしょう。

むしろだからこそ、理想の青春としてキラキラ風味が消費されているのかもしれません。

『やぶれかぶれ青春記』的青春

 

今回紹介する小松左京氏の『やぶれかぶれ青春記』は一味違います。

作者の小松氏は代表作『日本沈没』などで知られるSF作家ですが、1931年生まれであり、10代の前半を戦時中に過ごしました(14歳で終戦)

本作はそんな小松氏の自伝的青春小説です。

この絶妙な年齢が独自の切り口を生んでいて、作者自身が「強靭な明るさ」と呼ぶ人間の適応力の凄さとでもいうべきものを感じました。

もう少し若ければ自意識も未発達でそもそも子供として扱われるでしょうし、もう少し年上になると思想上の悩みや現実との折り合いの中で自己の位置を定めなければならないでしょう。

大まかに戦時期と戦後の混沌を描いた前半部分と、三高時代を描いた後半部分に分けられます。

スポンサーリンク

戦時期と戦後の混沌と青春

既に戦後70年を迎え、戦時中の記憶を持つ人は非常に少ないです。

本作ではそんな時代が10代の少年の目線から克明に描かれるとともに、時代を乗り越える少年たちの強靭な明るさが描かれています。

少し青春要素は薄めで、時代を知る読み物として楽しめます。

最近は紋切型の戦時中のイメージを払拭するような作品も多いですが、本作もバイアスはあまりなく当時の生活が描かれています。

とはいえ現代では考えられないような悲惨な描写が盛りだくさんですが、少年目線の語り口は淡々としていて、「チクショウ」と悪態をつきながらも受け入れて乗り越えていく強さを感じます。

また、そんな中で愚にもつかないくだらないことで大笑いする少年たちの笑い声が聞こえてくるようです。

三高時代と青春

作者自身が人生で最も輝いていた時期と振り返る三高時代です。

現在の京都大学である三高は特に自由の校風で有名ですが、その校風を十二分に満喫する姿が描かれます。

とはいえ金もない中、自由を心置きなく満喫するのは現代の大学生には案外難しいのではないでしょうか?

思い出してみるに、文句をいいながらバイトをし、ロードバイクに乗り、高い服を買い、旅行したりといった忙しい大学生が多かったように思います。(そしてそういう奴に限って、単位も要領よく取りやがる!)

僕自身はそういった学生生活にはあまり馴染めませんでしたが、存分に自由を満喫したかと考えると、もっと満喫できたんじゃないかと思います。

小松市の時代と現代の学生との差はテレビやインターネットの普及に伴う情報の氾濫に起因するように感じます。

「大学生活はこうあるべきだ!」「時間を無駄にせず有意義な学生生活を!」

みたいな情報が溢れています。

そういった学生生活も自分の姿勢次第では素晴らしいものになりうるとは思いますが、如何せん情報に踊らされて単なる消費活動に陥りがちです。

こういった情報は基本的に広告ですからね・・・。

楽しさの赴くままに自由を満喫する小松氏の姿は輝いています。

そして印象的なシーンは青春の終わりを悟るシーンです。何となく青春というのはこのように終わるべきものではないかと思います。

そしてそんな瞬間は楽しさを消費するだけの生活では到達できない気がします。

読みやすさ

文庫本で約200ページほどで、自伝的小説なので自然な語り口調でテンポもよく読みやすかったです。

2時間ほどで読めました。

まとめ

戦時期に十代を過ごした小松左京氏の自伝的青春小説!

戦時期を描いた読み物としても楽しめますが、青春の終わりを迎えていない全ての人におススメです!

合わせて読みたい!

 

お読みいただきありがとうございました!
▼この記事を今すぐSNSでシェア!▼