『ハーモニー』に見る脳化社会への警鐘【伊藤計劃】

高い評価を受けながら、34歳の若さで早逝した作家、伊藤計劃。SFとしての精緻な設定やストーリー構成が注目されがちだが、その作品が放つメッセージ、作中で著者が為そうとしたこと(もちろん想像だが)ももっと注目されるべきだと思う。

本作では「意識」が大きなテーマとなっている。といっても「意識」とは何か?とかそういう哲学的、倫理的な話ではない。

「意識」ってそんなに上等か?って話である。

「意識」ってそんなに上等か?

現代の社会は「意識」を当然のものとし、またその万能さを無条件に仮定している。(「意識」は「理性」とも言い換えられるかもしれない。)その万能さを圧倒的に証明し続けているのが、進歩を続ける科学技術だ。少し前まで夢の世界の話だったことがどんどん現実になっていく。宇宙に行ける。手のひらサイズの端末で世界中の情報を得ることもできる。作中で描かれているような世界も決して夢物語だとは言い切れまい。

学校では自分を客観視することを教えられる。論理的であれ。目標を設定しろ、という。目標を設定したら自己分析して、自分に必要なことをピックアップしろ。ピックアップしたら効率よくそれらを達成しろ。しっかりと自己実現して、幸せを手に入れろ。

社会には「意識」の万能さを仮定した大量の情報で溢れている。つまりは「ああしたらこうなる」。上手く自己をコントロールして、膨大な情報を利用すれば幸せになれるような気もしてくる。

人間というものが科学のように一分の隙もなく論理で説明できるものだったらそれで良かったのかもしれない。しかしこの作品は美しい物語の形でその考えの甘さを描き出す。衝撃的なラストが読者を待ち受ける。結末が幸せなのか不幸なのか、という議論はとりあえず横に置く。確かなのは、あの結末は全人類の幸せを願い、あくまで「論理的」に行動した結果だということである。

少し数学を勉強すれば分かることだが、いくら論理が正しかろうが、誤った仮定からは誤った結論しかでてこない。

「意識」によって幸せにはなれない。この作品を読むとそんな気がしてくる。それでも「意識」の万能性を信じるなら、あのラストが僕らを待ち受けるだけである。

僕らは「意識」を最大限に活用して社会を進歩させてきたのではない。むしろ「意識」の特性に合わせて社会を作ってきたのではないか。それこそが養老孟司先生が「脳化社会」という言葉で表現する現代の社会である。「意識」によって何かを成し遂げることができると感じるのは、社会をそういう風に作ってきたからに過ぎないし、そもそも幸せであるかどうかはまた別の問題である。

でもたくさんの幸せな成功者たちが、「私はこうやって成功しました」みたいな話をして、目的意識をもって無駄なく生きろって言ってるじゃないか。

別にそういった人たちを否定しているわけではない。ただ人間は自分のことについて完璧に語りつくすことはできないし(無意識で処理されていることは語れない)、その方法論が万人に当てはまるわけでもない、というだけの話である。

幸せは無意識の中にある?

じゃあ「意識」を持ってしまった人間は決して幸せになれないのか?

別に僕らは常に「意識」を持ち続けているわけではない。気が付くとぼーっとしていることもある。何かに集中している時もあまり自分を「意識」することはない。気の置けない友達とくだらない話をしているときもそうだ。案外無意識に行動していることは多いかもしれない。

もしかしたら、ミァハが言うようにそんなときこそ僕らは幸せなのかもしれない。「意識」はいつだってそれを振り返るだけだ。

でも僕らは常に無意識でいることはできない。それはもう人間としての生物的なサガだ。暇なときなど、どうしても自分を「意識」してしまう。溢れる情報を見ていると、自分が幸せじゃないように感じるかもしれない(そんな風に感じさせるのは広告の基本だ!)。そうして何かもはっきりしない幸せを探してしまう。そしたらこんなことになってしまうかもしれない。

作:久部 緑郎 画:河合 単『ラーメン発見伝』1巻

誰に何と言われようと、自分自身で幸せと感じることができる瞬間があればいいと思う。別に「~だから幸せ」とか説明できなくてもいい。幸せの瞬間が無意識の中にあるとしたら、説明できることの方が稀かもしれない。

もしなにか上手くいかなかったり自分が不幸じゃないかって「意識」してしまったら、まあとりあえず住むところあるし、食えてるし、生きてるからいっか、って考えればいいと思う。僕は最近そうしてます。衣食住がままならない人達は人類の叡智を結集して減らしていかないといけないと思うけど。

まとめ

生物としての人間という点から根本的な問いかけができるのはSFならではですね。もちろん物語としての完成度もかなり高く、設定も緻密なので色々な面で楽しめます。おススメです!

養老孟司先生の「脳化社会」という言葉も紹介させてもらいました。二人とも人間の「意識」という生物的な視点から、社会を根本的に捉えなおそうとしました。年齢も分野も全く違いますが、抱えている(抱えていた)問題意識は非常に似ていると思います。以前に記事を書いているので、興味のある方は関連記事からどうぞ。⇓

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